2012年8月31日金曜日

復元された東京駅を見に行く(外観だけ)

復元中の東京駅のレンガ駅舎がだいぶできていました。ドーム部分だけでなく、建物全体が甦った印象です。実際、基礎部分だけとっても新たに免震構造となるなど、リニューアルとは違う変化を遂げた姿が誇らしげでした。
 振り返って駅前ロータリーの周りを見渡すと巨大なビルだらけです。それでも二階建ての丸の内駅舎が小さく見える、なんてことありません。それはこの駅舎が南北にとても長いことと、駅前の敷地(ロータリーと呼んでいいものかどうか)空間があまりにも広いせいでしょう。この広い駅前の空間に加え、皇居に続く行幸通りの道幅の広さのおかげで圧迫感はありません。
 もっとも駅前のビル、たとえば新丸ビルなどが偉容を誇っているのには「空中権取引」というからくりがあるのです。これは低層の東京駅が使わない空中の容積率を、三菱地所などの周りの地権者がJR東日本から買い取り、その分、当地の建築物の容積率を積み増してよい、とする特例を利用した再開発が進められてきたからです。いっぽう、JRは取引で得た資金を駅舎の復元や周辺の整備に充てているのだそうです。

  駅舎の北側のドーム部分です。この内側の空間も復元され、この秋には干支をあしらった装飾などがお目見えするとのことです。
 いまの姿からは、かつて高層ビルの駅舎への「立て替え危機」があったとはとても思えません。














  最近はレンガが気になってしょうがないです。これは東京駅の南隣の有楽町駅の日比谷口の高架側面です。JRの新橋〜有楽町間の高架橋はドイツ人技師のフランツ・バルツアーによって設計・建造されたものです。有楽町駅は開業から100年以上経っていますから、レンガの耐久性もなかなかのものです。
 ところでこの写真を撮ったのは真ん中の丸い部分がなんだろうと思ったからです。当初からあるものなのか、だとしたら何のためのものなのか、ご存じの方がいたら教えていただきたいです。

2012年8月25日土曜日

北八ヶ岳へ(2)

今回の宿は、「じゃらん」のクチコミを参考に直前に決めた小海町のペンション「リゾートイン・ボンシック」です。小海リエックスというリゾートホテルのそばにあります。一帯は標高が1400メートル以上あり、西の方向には八ヶ岳の峰々が連なります。写真は横岳です。
 ペンションの近くには2件の立ち寄り温泉があり、今回は二晩とも小海リエックスの「星空の湯」に入りました。外来入浴扱いで、ペンションでもらえる割引券を提示しても大人ひとり600円と決して安くはないのですが、清潔で遠く浅間山を望める露天風呂の爽快さに感激。おまけに、入浴後は受付横の冷凍ケース内のアイスが食べ放題なのです! このホテル、パンフを見ると「シャトレーゼリゾート・・・」とあります。嬉しいサービスですね。
 ペンション「リゾートイン・ボンシック」はクチコミに偽りなく、料理やご主人の丁寧な接客が印象的な素晴らしい宿でした。子連れで評価(あまりこの言葉は使いたくないのですが)が分かれるのは料理でしょう。このペンションの食事で嬉しかったのは、献立が大人も子どももほとんど同じメニューだったことです。自分は「お子様メニュー」と称したエビフライやらフライドポテトやらハンバーグなどの安易な「ごちそう」が大嫌いなのです(全部冷凍食品で済ませられる献立です)。子どもの舌にも真剣勝負、と言っては大げさですが、要はみんなで同じものを味わって「おいしいね!」と語り合えるのが第一です。それに量も適度なので、「お子様メニュー」でありがちな、「冷めた食べ残しはお父さん」ということもありません。それと個人的によかったのは朝のコーヒー。うまかったです。

  宿のダイニングの隅のラックにレコードを見つけました。レコード自体懐かしいものですが、そのラインナップが自分のストライクゾーンど真ん中で驚きました。写真はほんの一例。初めて買ったEP盤の「贈る言葉」、小遣いがなくて買えなかった「さらば宇宙戦艦ヤマト」、当時聞き始めたAMラジオで毎日のように流れていたYMO。聞けばオーナーの娘さんのものも含まれているとのことでしたが、こんな高原の宿で出合えるとは思っていなかった品々にしばらく見入ってしまいました。

高原の朝の日差しを浴びる宿「リゾートイン・ボンシック」。夜は路上に家族で寝転んで満天の星空を眺めました。昼間、セミの声がしないのも涼しさを感じる理由かもしれません。





宿の周りに咲くハギの花。暦の上ではとっくに秋ですね。










  野辺山の牛乳工場にも立ち寄りました。近所のスーパーでうちもよく買っている「シュッポッポ牛乳」の製造元・ヤツレンです。やっぱり夏はこれですね。食べたあと、のどが乾くんですが。




  工場の見学コースでは、牛乳がおなじみの紙パックに充填されていくようすが見られるようになっていました。














  野辺山といえばSLランド。数年ぶり二回目の訪問です。先日小学館から出た「保存鉄道に乗ろう」にも掲載されているナローのミニ鉄道です。今回はSLには乗らず、敷地内を周回する「スイス・レーティシュ鉄道」を楽しみました。




  これがレーティシュ鉄道の「オンボードカメラ」の画像です。コスモスやルピナスの花が軌道ギリギリまで植えられているので、流れる景色のスピード感は抜群です。レバーを倒すだけですが、自分で運転できるのもいいです(今回は娘がレバーを握りました)。



  昼ご飯は、これまた数年前に行った川上村のそばの店「善慶庵」へ。そばを注文すると、このそばゼリーとお新香、そして川上村特産のレタスのサラダがお茶とともに出てきます。これを食べながらそばが茹で上がるのを待つわけです。本当はこれに加えてビールが最高。ですが、クルマが・・・。












  そばは十割そばのみ。つゆは好みの薄味が嬉しいです。















善慶庵
長野県南佐久郡川上村原836−8
営業時間:11時〜19時
メニュー:
もりそば(並) 800円
もりそば(大) 1000円

2012年8月24日金曜日

北八ヶ岳へ

2泊3日で北八ヶ岳周辺に出かけてきました。写真は白駒池。そして撮影している場所は標高2300メートルの高見石です。7才の息子だけでなく、4才の娘も巨石の連なる頂に自力で立つことができました。

  高見石という頂は直下にある高見石小屋という山小屋から歩いて5分ほどですが、ご覧のように大きな石の隙間に落ちないよう登らなくてはならないので緊張します。最初4才の娘には無理だろうと登らせる気はなかったのですが、意外なことに自分から挑戦し、頂上に立ってしまいました。



  白駒池のほとりには白駒荘と青苔荘(せいたいそう)の2軒の小屋があります。これは白駒荘の旧館です。








  白駒荘のテラスでコーヒーを頼みました。アキアカネやオオルリボシヤンマが目の前の池の上をたくさん舞っていました。














  不意にキボシカミキリが現れました。飛んでいるときは体を立てています。ゆっくりなので素手ででも十分捕まえられます。







  昔、秋に来たことがありますが、池の周りが真っ赤に色付く様子は見事です。

  高見石のテーブルにいたチョウ。たぶんアカタテハという種類です。なぜか口吻を延ばして乾いた木の表面をトントンしていました。







  こちらは国道299号沿いの駐車場にいたチョウ。図鑑を見ても確証が得られません。消去法でコムラサキ?が残りましたが。
 蝶はとまってまっているとき羽の裏側しか見えないので図鑑の図版もこちらを主にしてほしいものです。



  ついでにゴマダラカミキリです。首の付け根から「ギイギイ」と音が聞こえます。噛まれると痛そうですが、まだ噛まれたことはありません。







国道299号と白駒池を結ぶ道はコメツガ、トウヒなどの原生林の中にあります。高見石の岩場のようなゴロゴロした岩の上の薄い土壌に、それらの巨木が根を張っているのです。何百年も前に倒れたであろう大木や岩にもまたコセイタカスギゴケなどのコケが厚く根を張っています。気の遠くなるような時間をかけてできた風景を前に、それをどう撮影していいものか途方に暮れることしきりでした。

2012年8月19日日曜日

記憶にしまい込んだ調布駅

夏の日。京王相模原線上り線路の上でカメラを構えた。
踏切の線路上から見る駅のたたずまいはどこか凜としていた。
風景を貫くレールと前照灯あるいは尾灯を灯した列車の存在がファインダーの絵を引き締めていた。
1世紀もの間、踏切を渡る誰もが眺めた日常の風景が人々の胸にしまい込まれた日。

最新鋭の電車が線路の上で待ちぼうけ。なんと牧歌的な風景。それも記憶の中に。









JRや小田急線より幅の広い軌間1372ミリの線路が複雑に交わる調布駅西側の空間。
巨大な車体が規則正しい動きで迫ってくる光景を何度も眺めた。何も不安な要素はないのに、なぜかいつもドキドキしながら眺めた3、4番線からの眺めもいつの日か語り草のひとつになるのだろう。

代々木上原のデザイン事務所

先日、代々木上原のデザイン事務所に行ってきました。初めて会う社長さんに自己紹介し、おもに紙媒体の今後のことや、手がけられているチューリップのCDジャケットの話など雑談もしました。
 このあいだの出版社の編集長との話にも出たのですが、最近の雑誌メディアは同じテーマを同じ方法で同じ人が説明する、という手法に安易に頼りすぎなのでは、と。
 広告の世界では常にコラボや新しい切り口を探ることが求められるため、普段からそのような仕事をされている社長さんとの話はとても刺激的でした。新しい読者を既存のカテゴリーの中から浅く広く求めるだけでなく、例えばアニメの舞台として実在する神社などを設定することで、コアなファン層に新しい価値を提案することができると。
 代々木上原の路地で民家の土台部分にレンガを発見。何かの構造物の一部を再利用したようです。ちなみに、レンガはイギリス積みという積み方で構築されたもの。民家は木造の瀟洒な造りでした。こんな風景に出合えるのも都心の住宅街の散歩の醍醐味です。

帰り道は下北沢経由で。そういえばここも駅の改良工事が行われていました。完成後は、今までスルーできていた小田急と京王の間に、ついに改札が登場するのでしょうか。

2012年8月17日金曜日

調布の踏切

永遠の記憶となる風景。調布の萬来軒。強烈な黄色の店構えのインパクトは、調布の車窓で随一だろう。列車が調布に到着したことを乗客に教えてきた風景のひとつであることは間違いない。

 孫の男の子と写真を撮りにきていたおばあさん。遮断機が上がるたびに踏切内に入り、ここから延びる線路の風景をカメラに収めていました。
  









京王線調布駅が変わる

この付近の高架下には昔の京王の社紋が刻まれた標柱があります
京王線、京王相模原線は来る8月19日に「歴史的」な大工事を控えています。当日の振り替え乗車を促す淡々とした車内アナウンスからはそのようなニュアンスは伝わってこないのですが、来年、笹塚〜調布間の開通百周年を迎える京王にとってこれは記念すべき出来事なのです。
 その工事のポイントとなる風景を、京王多摩川〜調布間を走る電車から撮影してみました。
 京王線は調布駅で京王相模原線と平面交差しています。上り下りの線路がそれぞれ2方向に走っているので、ラッシュ時などの過密運転時は調布駅の西側で2線を走る列車が互いの進路を塞ぐ状態になります。相模原線の列車が本線の列車の通過を待つため渋滞が発生します。また、列車の間隔をギリギリまで詰めるATC(自動列車制御装置)をもってしても、いや逆にこのシステムを運用するからこそ、現状は改善の余地を「使い切った」状態といえます。
 この列車渋滞が踏切渋滞を引き起こしてきたため、東京都が主体となって今回の連続立体交差事業が進められてきました。完成すると18カ所の踏切が解消されるということです。
 写真は京王相模原線の京王多摩川駅から調布に向かって高架を下りてきたところ。この付近は調布に向かって多摩川の河岸段丘斜面を登るように線路が走るので、高架橋がいつの間にか地平になっているような錯覚を覚える場所です。工事が完成すると地平からさらに地面に潜る形になります。ちょうど白く土嚢が敷き詰められている辺りが地下への下降開始地点と思われます。

  土嚢の向こうの区間は、すでに地下に線路が敷設された部分。18日深夜から19日にかけて、この場所にたくさんの工事関係者が集まり、世紀の切り換え工事が行われるのです。時間があればぜひ見てみたいのですが。




  通称「品川通り」と呼ばれる道をくぐります。もともとこの通りは線路をアンダーパスしていましたが、工事に伴って仮のオーバーパスになっています。







  いよいよ京王線(公式ではありませんが本線と呼ぶ場合もあります)と合流する地点です。写真は自分(相模原線上り)を含め、すべての線路上に列車がいる状態です。私が乗っている電車は写真なかほどを走る本線下り電車の通過を待っている状況です。これが画面中央の踏切を「開かず」の状態にしているわけです。
 新設される地下線では、下り列車が地下2階ホームに、上り列車が地下3階ホームの発着になります。それぞれのホームの反対側に本線の列車が発着します。

  信号が変わり(実際はATCなので運転席にのみ表示されます)、相模原線上り列車は晴れて調布駅に入っていきます。この日、踏切ではたくさんの人が電車の写真を撮っていました。皆、数日後には地上から電車の姿がなくなる、ということを実感しているのでしょう。
 余談ですが、1958(昭和28)年まで、調布駅は画面の左手前にありました。それまでの電車は一両あたりの長さが短かったので、相模原線(当時は多摩川原が終点の多摩川線でしたが)は今より急なカーブで分岐できていたからです。 当時駅前にあった調布銀座という商店街が現在の駅ロータリーから西に200mほどずれた場所にあるのはそのためです。

  踏切通過後、列車は1番線から本線下り線への渡り線、本線下り線を横切って調布駅の3番線に入ります。
 この3番線・相模原線上り列車と4番線・本線上り列車の「同時進入」の風景が鉄道ファンならずとも認める調布駅の名物だったと言っていいのではないでしょうか。そんな風景や、列車がポイント(分岐器)を通過するときの盛大な金属音も数日後には過去のものになるのです。先日の東京新聞の多摩版に「ありがとう京王線」という横断幕を掲げる調布銀座商店街の方たちの記事がありました。「路線が無くなるわけでもないのに、惜別の思いが胸をよぎる」と。それは、調布駅の周りでカメラを構えている人々の気持ちを代弁しているかのようでした。

2012年8月14日火曜日

外堀通りを歩きながら

今日は新しい企画の打ち合わせで市ヶ谷へ。最近は外堀通りを歩くたびに学生時代を思い出して気持ちだけ若返った気がします。たぶん、この風景が20年前と大きく変わっていないせいなのでしょう。大学の建物は垢抜けた立派なものに変貌しましたが。
 初めての担当者との顔合わせのあと、仕事の打ち合わせに臨みました。企画自体は未確定の案件ですが、決まればフリーとなって最初の大仕事になりそう。どんな仕事もそうですが最初が肝心です。背伸びすることなく、そして決して手を抜かず、与えられた時間とコストと期限の範囲でできる限りの仕事をしなくては、と帰り道、外堀の向こうを走る中央線の電車を眺めながら気持ちを引き締めたのでした。

2012年8月12日日曜日

今日は2時間ラン

今日は15時からの「酷暑ラン」。昼ご飯がパンだったのでエナジーゼリーでカロリーを補給し、さらにスーパーヴァームを飲んで走り出しました。
 暑さへの耐性は備わったようで、1時間以上走ってもペースは落ちない。で、調子がいいので今日は尾根幹線道路から堀之内に出たあと、野猿街道を峠まで行ってみました。峠と行ってもバス停もある立派な都道だけど。 気になっていたカフェは・・・やはり閉店していました。何年も前に入ったときは仲のいいオーナー親子が頑張っていましたが。たしかギターをやっていた息子さんの運転するトヨタMR-Sが駐まっていた駐車場とカフェの建物には、訪問看護ステーションの看板が掛かっていました。
 途中、自販機で冷たい水を買って飲み干す。この水の値段もやがて税込み150円以上になるのだろうか。
 今の政権の暴走を一刻も早くとめなくては。別に増税がいかんと言ってるわけじゃなく、2009年に「増税分の12兆円近いお金が天下り官僚に渡っている現実をまず正す」と勇ましく叫んでいた野田民主党の裏切りを許してはならない、ということです。この実態を東京新聞を除くマスコミが報じないせいで、新橋あたりでマイクを向けられた洗脳ピープルは「増税はやむを得ない」などとつぶやくしかない、というわけなのです。話が脱線しましたね・・・。

2012年8月11日土曜日

今日も南大沢の遊歩道でセミ捕り

今日は雨の予報。暑さも一段落かと思っていたら、結構蒸し暑い一日でした。
 蟬時雨降る南大沢の遊歩道を息子と歩いていると鮮やかなサルスベリの花が咲いていました。「さすがのセミもサルスベリの幹には掴まれないないだろ」と冗談を飛ばしていたら、なんといました、アブラゼミが。
 いっぽう、クマゼミの鳴き声はまだあまり聞きません。その姿自体、2、3度しか目にしたことがありませんが。












久しぶりに駅の向こうの大平公園に行きました。アブラゼミはもうたくさん。宇多田ヒカルがツイッターに幼い時分のこととして書いてましたが、体中に貼って覆えるほど抜け殻があります。
 園内の小高い丘にある東屋のそばで、息子がニホントカゲを発見。すばしっこいトカゲを捕まえました。家で飼っているカナヘビと違い、金属の合金ように輝く体が特徴です。持ってきた飼育ケースに入れ、エサになるバッタ捕りを開始。








  ショウリョウバッタは大きすぎてエサにならないのでパス。でもたくさんいるし、大きくて目立つのでつい捕まえてしまいます。それにしても愛嬌のある顔です。こんなとき、何を考えているのでしょう。この顔、僕の中では昔観たアニメ「みつばちマーヤの冒険」のフィリップのイメージです。あ、あれはキリギリス?
 オンブバッタの幼虫を10匹くらい捕ってケースに入れました。








  あ、クマゼミか! と思うとだいたいミンミンゼミでした。
 今日もクワガタには会えませんでした。このまま今年の夏が終わってしまうのか。

2012年8月9日木曜日

ご縁

普通に500系に乗れる博多南駅。うしろは博多総合車両所です。
博多のカメラマン事務所の社長さんから不意に電話があり、東京の広告制作会社の社長さんを紹介してもらいました。ありがたいことです。
 聞けばその社長さんは、なんとあのチューリップのレコードジャケットなどのディレクションにも関わっていらした方だと伺いました。チューリップと言えば私が唯一ピアノで弾き語りのできるあの名曲「青春の影」をはじめ数々の大ヒットで知られる、昭和から平成の国民的音楽グループです。何か縁を感じずにいられません。別に財津さんに会えるわけではないのですが、今からその社長さんに会うのが楽しみです。
 それで、今日の写真はチューリップと二人の社長さんの出身地、福岡の博多南駅です。無理矢理のこじつけですが。
 ここは九州にありながらJR西日本の駅なのです。さらにここから博多駅までは新幹線ではなく在来線扱いで、皆通勤電車として「新幹線」を利用しているのです。500系の通勤電車で博多まで290円。贅沢です。ただし、博多で降り損なうと列車は新幹線の「こだま」などに変身してしまうので注意が必要です。

2012年8月8日水曜日

今週も神保町で会議

今日(昨日)も神保町で打ち合わせ。早めに家を出てぶらぶらしたかったのですが、結局、書泉グランデに入っただけ。しかも改装中とかで落ち着きませんでした。
 打ち合わせ、というか企画会議ではいくつかの案件が俎上に登りました。自分ひとりでは決して思いつかないようなことも、4人、5人で話しているとポッと頭に浮かんだりします。今日も話は脱線しまくり、続きは小川町のお店でとなりました。








このところの夕焼けはすごいのひと言。八王子で眺める夕焼けと違って、都心で眺めるそれは茜色に染まった建物や行き交う人の顔が映画のワンシーンのようです。デジカメではこの色がうまく再現されないのですが、つい何枚もシャッターを切ってしまいました。
 仕事の方は、いよいよ取材に行ける見込みが出てきてワクワクしてきました。

2012年8月6日月曜日

神保町でおすすめのカフェ

先日、神保町の出版社で打ち合わせがあったのですが、神保町自体久しぶりだったので前から行こうと思っていたカフェに行きました。その店の名はカフェ・デ・プリマヴェーラ。10年ぶりくらいでしたが何も変わっていませんでした。
 真夏の日差しが注ぐ屋外からいきなり薄暗い店内に入ると目の光量調整が追いつきません。14時過ぎで空いていたので奥のテーブルを案内され、暗さに慣れない目を見開きながら奥へ。まるでトンネルのような構造の店内はほんのりとタングステン電球の明かりが灯るだけ。入り口の一方向から射し込む外光が店内を落ち着いた空間に演出しています。重厚な木製のカウンターの中ではマダム?が珈琲を淹れています。
 ここでのお目当てはコーヒーに付いてくるバナナ。ハチミツがたっぷりかかっていて、さっぱりした甘さがコーヒーにぴったりです。コーヒーの味も軽め、中目、濃い目からチョイスできて、その日の気分に合わせて楽しめます。マスターに断ってから写真を撮らせていただきました。
 ちょっとわかりにくい(目立たない)お店ですが、本屋めぐりに疲れたときにおすすめです。「カフェ・デ・プリマヴェーラ」千代田区猿楽町1丁目3−2 営業時間:10時〜21時

2012年8月5日日曜日

セミ捕り

今日は昨日とは打って変わって朝から夏空が広がりました。午後は子どもたちとセミ捕り。息子と同じ7才のセミたちがあちこちで羽化しています。
 ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、アブラゼミ、ミンミンゼミと一通り捕獲してケースで観察。セミの体って渋いデザインです。そしてとてもデリケート。羽化途中で息絶えている個体もたくさんいます。アブラゼミの名の由来はてっきり成虫の体の茶色にちなんでのことかと思ったら、鳴き声が油で食材を揚げるときの音に似ているから、とのことでした。そうかなあ?






内裏谷戸公園に移動してトンボ捕り。簡単に捕まるのはシオカラトンボまでです。トンボも精巧な造り。羽を傷めないよう指の力を抜いてそっと挟みます。でも、子どもに見せるつもりが、いちばん夢中になっているのは自分でした。特に複眼の色がなんとも美しいです。
 100円ショップの網はもうやめてプロ用を買うかな。

2012年8月4日土曜日

茅ヶ崎サザンビーチは土砂降り

10年ぶりに茅ヶ崎の花火大会に出かけました。ルートは前と同じく橋本から相模線で1本です。相模線の電車は夏場、このように運転士が前面の窓を洗っている光景をよく目にします。虫の衝突のせいでしょうか。確かに相模川などの段丘をなぞるように走る沿線は緑豊かな車窓が続きます。また、単線なので途中駅での列車交換に費やされる時間がバカになりません。橋本〜茅ヶ崎間33キロ余りを1時間近くかけて走るのです。こういう路線に乗るときは気持ちを旅モードに切り替える必要がありますね。

茅ヶ崎駅前でカフェの割引券をもらったので、そこでランチにすることに。駅から10分くらいのところにある茅ヶ崎市美術館の2階の「sun cafe」です。シラスとチーズのサンドイッチとかパスタ、デザートなど充実のメニューが、美術館の庭園を眺めながら楽しめます。和風パフェも絶品でした。あちこちお店を探すことなくここに真っ直ぐ来て正解でした。







湘南の住宅街を歩きます。車には狭くて大変そうな街ですが、案外こういう街の方が事故が少ないようです。そりゃ、誰だってスピードを落として慎重に運転しますよね。こんな道なら。
 このあと雨が降り出しました。



雨宿りしつつようやくたどり着いたサザンビーチは、およそ真夏らしからぬグレーな景色が広がっていました。遠く烏帽子岩だけが目立っています。
 結局、このあと大雨になり、水着で波と戯れた子供たちを慌てて呼び戻し、海の家でシャワーを浴びさせました。自分は横殴りの雨でずぶ濡れ。このまま花火が始まる19時過ぎまで待つ気力も失せたので帰ることにしました。花火を楽しみにしていた子供たちには申し訳なかったのですが。
 ビーチをあとにする頃に広がり始めた青空をにらみながら茅ヶ崎行きのバスに乗り込みました。