2008年9月14日日曜日

初秋の長池公園


久しぶりに長池公園に出かけた。すでにあちこちで色づき始めたムラサキシキブ。


芝生で昼ご飯を食べていたらクルマバッタモドキが現れた。網で捕まえたあと手乗りにして撮影。

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広い姿池のほとりで息子とトンボを追う。といっても網は自分の手中。
シオカラトンボ、ギンヤンマ、コノシメトンボがいた。警戒心の強いギンヤンマは触れることすらできず無念。

なぜ近視眼的報道が蔓延するのか?


新聞のコラムで、温暖化対策として期待されているとされるバイオエタノールについて論じられていた。バイオエタノールを燃やして排出されるCO2は、植物がその生育過程で吸収したものであるから新たなCO2排出量はゼロとなる、とのいわゆる「カーボン・オフセット」という考え方が紹介されていたのだが、これはとんでもない「理論」である。

バイオエタノールの原料となるトウモロコシやサトウキビなどの作物を育てるには、他の農作物と同じように石油を燃やしてトラクターを動かし、石油から作られた農薬を使い、収穫した作物を自動車で工場へ運び、これまたエネルギーを使って稼働する化学プラントを経てやっとバイオエタノールができるのである。

環境問題とはトータルな目で検証されるべきなのは論を待たない。

環境問題に限らず、あらゆる問題を読者に対して多角的に論じるべき新聞がこのような近視眼でいいのだろうか。文中に「バイオエタノールを温暖化対策として位置づけるにはどうしたらいいか」とあったが、まずこの致命的な焦点のズレを認識しなければ、「バイオエタノールの燃焼により発生したCO2は、排出量にカウントしない」(京都議定書)という「詭弁」の矛盾に気づくことも難しいと言わざるを得ない。

2008年9月10日水曜日

渋谷駅から東へ


仕事も一段落したので、ランチで遠征しました(といっても南平台からみて渋谷駅の反対側ですが)。
昨日書いた金王八幡宮がありました。この都心にあって、鎮守の杜を従えた立派な古刹でした。


渋谷のこのあたりには、かつて御料牧場があったそうです。
カラッとした天気が続きます。こんな日は、多少暑くてもずっと歩きまわっていたくなります。

2008年9月9日火曜日

金王八幡宮の例祭


道玄坂のケヤキ並木に、今年も祭りを知らせる幕がかかっている。
金王(こんのう)八幡宮の例祭と書いてある。調べてみると、渋谷警察署の裏にある神社だった。金王とは、かつて源義家とその嫡男・頼朝に仕えた金王丸のことで、境内には奥州征伐から戻った頼朝が、すでに亡くなっていた金王丸のために鎌倉から移植したと伝えられる桜の名木が残っているという。
今週末には109(イチマルキュウ)前で神輿の渡御があるとのこと。
道玄坂上から見て反対の坂の上にそんな物語が眠っていたとは知らなかった。